2006年06月20日

日本ウェルター級王者 正木和也編

[インタビュー]日本ウェルター級王者 正木和也編 全力で、命がけで戦います

入場曲「スピリット・オブ・コンバット」が流れる中、青コーナーから入場してきた正木和也。応援団が作る花道の間を、厳しい表情でリングへ進んだ。このタイトルマッチは以前も用意されていたのだが、正木、井場双方の怪我などにより、この日まで持ち越されていたものだ。

20時44分、試合開始。20時45分、正木が井場を右フックで打ち抜き、最初のダウンを奪う。20時46分、さらに右のフックで2度目のダウンを奪い、勝機を引き寄せた正木。2度目のダウンから立ち上がった井場に対し、そのわずか10秒後、とどめの右を一閃。1R 2分25秒という見事なKO劇であった。(試合結果参照)

その瞬間、入門以来長年正木のミットを持ち続け、この日もセコンドを務めた楠コーチが表情を崩す。その目には涙が。同じくセコンドに立っていた大野信一朗(3月に日本フェザー級タイトル獲得)が駆け寄り、正木を抱きしめた。客席では応援団が絶叫。藤本ジムに4人目のチャンピオンが誕生した。

のんびりした口調に伏し目がちな視線だけを見ていると、とても格闘技選手とは思えない穏やかさを感じるが、実は現4王者の中で唯一最初からプロ志向で入門した人物でもある。また、キックボクサーを目指し、カバン1つで上京してきたときには野宿も経験。怪我にも泣いた。そして掴んだ栄光の座。そんな正木和也の素顔に迫ってみたい。

■タイトルマッチのこと・トレーニングのこと

−タイトル獲得おめでとうございます。

ありがとうございます。

−これ(写真)のときはどんな気持ちだったんですか? 京都からも応援に?

はい。来てました。アニキとか友達とか。これは最高でしたね!

花道を戻る前に声援に応える正木の様子

入場時の厳しい表情とは打って変わり、終始笑顔で声援に応えていた。

インタビューに答える正木和也(日本ウェルター級チャンピオン)。好きな色は青。

−試合当日は終わってからどうしたんですか

2時間後には飲んでました(笑) 僕が行ったらすでにビールが用意してあって、3時くらいまでですかね。

−2分25秒。早いですもんね!体へのダメージはない……ですもんね。

ないですね。はい(笑)

−お酒は何が好きですか。結構飲むという噂を聞いてるんですが。

ビールと焼酎ですね。結構飲みますね。かなり好きです。もちろん試合の前は飲まないですけど。

−試合は最初から対策を考えていったんですか? ビデオを見て研究したりは?

いや、対策は考えないんです。なんも考えんと、体が動くように任せました。試合のとき考えてもできないんで。ビデオは見ますけど、あんま細かいところまで見ないですね。イメージだけつかむ感じで。気をつけるところなんかは練習のときは結構考えるんですけど、試合のときはもう結構無心で。体勝手に動くやろと思って。だからいつも試合内容は覚えてないんですよ。ビデオでみて、ああこんなことしてたんやーって。

−今回はどんなトレーニングをしたんですか?

基本的にはいつもと変わらないですけど、どうですかね。スタイル的には噛み合うと思ってたんで、特別相手に合わすというより、自分の今持ってるのを高めていくっていうことですね。持ってる得意技とか結構似ているし、距離なんかが合うなと思ってました。周りのみんなも言ってましたし。「噛み合うんじゃない? やりやすいだろう」って。

−緊張はしませんでしたか?

いや。今までの中で一番落ち着いてましたね。

−3度目のダウンを奪った瞬間、ロープに向かって走り出してましたね。

無意識に走り出してました。なんすかね。後でビデオみて恥ずかしい(苦笑)

3度目のダウンを奪ったあと、思わずロープに向かって走り出す正木。

正木が走り出すのと同時に、プライベートでも親しいというセコンドの大野信一朗(日本フェザー級王者)も思わずリングに駆け上がる。場内は大歓声に包まれていた。

−松本さん、石井さん、大野さんとチャンピオンが3人。4人目のプレッシャーはなかったんですか。

あんまり考えないようにしましたね。4本はやっぱ冷静にみてすごいと思うんで、みんな期待してくれてんのやろなーというのは思ってますけど、あんまり僕がそれを背負ってやってもしょうがないんで、なるべく考えないようにしてましたね。

■キックボクシングを始めた理由

−京都の出身ですよね。キックをやるために東京へ? きっかけは?

はい。ずっとやりたかったんですけど、田舎なんでジムがないんですよ。どこにも。そこで19才のときに上京しました。

−最初から藤本ジムだったんですか?

1回大阪行って、1年くらい他のジムでやってるんですよ。直心会というジムです。そこから目黒です。

−藤本ジムを知ったのは紹介ですか?

いや、雑誌や本です。本読んでたらちょうど北沢勝さん(元日本ウェルター級チャンピオン)が紹介されてて、目黒ジムってあんねや〜みたいに思ってたんです。

−他のチャンピオンのみなさんは、最初はシェイプアップや体力づくりのためとおっしゃいましたが。

ジムが近くにあったら、そうなんでしょうね。僕んときは地元を出て行かなきゃできないんで、初めからプロ志向でした。

−お仕事は?

今はクリケットという店で、紳士服の管理、商品管理の仕事をしています。今の仕事先のみなさんにはとてもよくしてもらってます。休みもいただけるのでとても助かってます。応援にも来て下さるんでうれしいです。

−キックやっててよかったなと思ったことは、やはりタイトルをとったこと?

ですし、やはりジムの人に出会えたことですね。いい先輩や同期、後輩にも恵まれて。

−ちなみに同期はどなたですか?

森田さん、小原さん、ちょっと先輩で、大野さん。大野さんは1年くらいやと、まぁ同期っていうか、一緒くらいかな? 今残ってる人はそんくらいですかね。すごく仲いいっスよ。

■上京してきたときのこと

笑顔で語る正木

−上京当時、野宿したって本当ですか!?

東京出て来た時は住むところ決めずに出て来たので、しばらく公園で野宿してました。文字通りカバン1つでした。野宿は2週間です。風呂とか洗濯だけは銭湯行ってやってましたよ!

2週間後に自分の部屋決まりました。部屋借りる際の書類とかも全く持って来て無かったんで、不動産屋に直接送ってもらったり、なんやかんやでそれくらいかかりました。 20数万円位もってきてたんですが、東京の家賃とか知らなくて、見てびっくりしました。倍くらいするんですよ! 結局部屋借りたら全額無くなりました。

そのときの不動産屋さんが親切でいろいろとお世話になりました。敷金、礼金払ってすっからかんになった僕に「いつでも良いから」と1万円を貸してくれました。東京の人の優しさに初めて触れた瞬間でしたね。後日ちゃんと返しに行きましたよ。今度挨拶行ってこようかなと思います。もう忘れられてるかもしれませんけど。覚えていてくれたらうれしいですね。

−2週間も野宿してて、警察官に怪しまれたりしませんでしたか?

うーん。特には無かったですよ。 それより蚊が多くて大変でしたね。 今はさすがに出来ないでしょうね。若さゆえですね。

■怪我のこと

−今27歳ですよね。19歳で東京にでてきて、藤本ジム入門して。

そうですね。8年たちました。

−その間、苦労されたことは?

苦労したことは一杯あります。やっぱり、生活が苦しかったですね。生活苦しいし、試合が決まらないのが結構きつかったですね。昔は、年1回、2回とかいう年が何年かありましたし。ただそんな結果出してたわけじゃないんで、あんまナンも言えないですけど(苦笑)

−怪我をしたり入院したりで大変だったそうですが。

そうですね。怪我はここ3〜4年くらいは結構多いですね。

−ちなみにどんな怪我ですか?

たとえばこれは最近、サムゴーとやったときので……。

−サムゴーのですか!( ※2005年10月29日 小野寺力引退記念大会)

これ(くるぶし)はギブスですれてできちゃったんですけど、脱臼しました。あとは、肉離れが3回くらいですかね。ふくらはぎとか。拳は2〜3回折れてるし、あと、細かいのはあるんですけど。拳はまだすごく腫れてるんですよ(右のこぶしを見せる) これはもうずっとですね。1年くらい、ずっと痛いです。タイトルマッチの日も痛かったんですけど我慢しました。もう骨変形しちゃってるんです。でもみんななってるんじゃないですかね?

チャンピオンの拳

−サムゴーとの試合は結構自信になりましたか?

いえ、結構落ち込みました。こんなことしかできないんかと思って。しかも当日はサムゴーがやる気ない感じだったじゃないですか。それが悔しかったんですよね、こっちは。

16針縫ったという目の下の傷

−これは?(目の下の傷)

これはですね、タイ人のムアンファーレックっていう、元チャンピオンとやったときに(※)、ヒジでバックリやられました。回転ヒジをまともに食らって、16針縫いました。すごかったんですよ。こんな(手で目を覆うしぐさ)腫れちゃって。目も真っ赤で。目がもう一個あるように見えたらしいですよ。そんなに切れてるの見たことないってみんな言ってましたよ。なんか怪我自慢みたいになってきてますね(笑)

※2004年6月13日(日) に対戦

■プライベートなこと

−格闘技のほかに好きなものってなんですか?

無趣味なんですけど(苦笑) 飲みに行くくらいですかね。趣味なのかどうかわからないですけど。

−休みの日は何をしていますか?

休みは人の試合を見に行ってることが多いですね。ほとんどそれかな。知り合いの応援ですね。

−ちなみに他の団体で仲いい人はどんな人ですか?

一杯いますけど、NJKFの石毛さん(石毛慎也)とか、全日本の大月さん(大月晴明)、山ちゃん(山内裕太郎)とか、あとはシュートのマモルさんとか、わかります? NKBの中野さんとか、ある空手団体の方々とか。結構いっぱいいるんですけど、個人の応援ですね。

−同じ格闘技仲間で、話しが合いやすいから?

ん〜まーそうですね。キックの話しなんてほとんどしないんですけど、やっぱり格闘技やってる人には気持ちいい人多いじゃないですか。だからそうですね。こっちで遊ぶ人はそういう人がほとんどです。

■尊敬している人のこと

−練習で一番好きなメニューはなんですか?

ミットですね。パンチミット。よく楠さんに持ってもらっています。楠さんはほんとに選手のために体張ってくれはるんで、すごい感謝してます。

−そういえばこないだ楠さん泣いてましたね!

はい。そうらしいですね。僕見てないんですけど、それ聞いてうれしかったです。楠さんにはすごくいろいろ教えてもらいました。それがでかいですね。楠さんには入門当時からずっと見てもらってて、一時期ジムはなれられてたんですけど、また戻ってきてもらって、また教えてもらって。タイミング的にも不思議なもんで、1年でもずれてたら教えてもらってないし、チャンピオンにもなれてないかもしれないし。

−タイトルマッチのとき北沢さんのトランクスで戦ったとか。

はい。やはり北沢さんは尊敬してるので。一番影響を受けたのは間違いなく北沢さんです。(尊敬してる点は)とにかく全部ですね、もう。言葉では言わないですけど、プロとしての心構えから、練習の仕方から、努力が報われるというのを体で教えてもらった感じですね。北沢さんには「北沢さんのベルト獲ってきました!」って言いました。 北沢さんはそういう風に言われるの嫌がられるんですが「よくやったな。」って言ってくれました。

■今後の抱負とメッセージ

−これからの目標を。やはり防衛ですよね。

そうですね。防衛ですよね。あとはやっぱり、関係者に認められたいですね。キック関係者に。そんな広い世界ではないですけど、同じキックボクサーから褒められるとうれしいですね。そして特に先輩ですね、ジムの先輩。昔はほんと、ジムの先輩に褒められたいがためにやってたとこもあるので。

−応援してくださってるみなさんにメッセージをお願いします。

思いっきり戦って、練習して、それで終われたら満足です。選手であるうちは全力で、命がけで戦って、いつ終わってもいいという気持ちでやりますので、応援よろしくお願いします。
それから、8年間風呂無しアパートなんで、風呂付きに住めるように頑張ります!!

応援してくれた友達に笑顔で応えている正木

上京してきた時、正木の手に握られていたのはカバン1つだけ。今はキックボクシングを通じ、両腕に抱えきれないほど大きなものを得たに違いない。これからも完全燃焼目指してリングで暴れてもらいたい。


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posted by 管理人 at 00:17 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする