2005年10月15日

アヌワット・ゲオサムリットに関するエピソード

10月29日に引退試合を行う小野寺力選手の対戦相手である、強豪アヌワット・ゲオサムリット選手が、ムエタイをはじめたきっかけをご紹介しましょう。

 ゲオサムリットジムのアナン会長の奥様(オーイさん)の出身は、タイ南部のナコンシータマラート県。今から11年ほど前のこと、オーイさんが地元ナコンシータマラートの市場でお店(屋台)を出して営業していると、いつも隣でゴザを敷いてガラクタを売っていた子供が居ました。オーイさんが「何でいつもガラクタ売りに来てるの?」と聞くと、少年は「だっていつも一人だから・・・」よくよく話を聞くと少年は親が蒸発してしまい、身寄りが無かったというのです。この少年がアピサック・ローングピチャイ、現在のアヌワット・ゲオサムリットです。当時13歳の彼はオーイさんの「じゃあ、うちに来てムエタイやる?」と言う誘いがあって、今の栄光の幕を切りました。

 それから3年。30数戦でラジャダムナンスタジアムのフライ級3位になり、16歳の時に初めての海外試合を経験します。後楽園ホール(東京)にやって来たアヌワット選手は、当時フライ級チャンピオンだった深津飛成選手に快勝。勢いに乗ったアヌワット選手は、タイに帰って数ヶ月で1本目のフライ級のベルトを巻くことに。勢いは止まらず、早々に2本目のベルトを巻くと、ムエタイ界の中で『ただ強いだけではない』ことで名を知らしめることになります。それは、彼の持って生まれたハードパンチが、今のムエタイにありがちな僅差で競り勝つという戦いからは、かけ離れていたのでした。その拳に触れた者は皆マットに横たわってしまうほどのパンチで注目を集めたのです。

 その頃になるとムエタイ雑誌はもとより、TV、新聞に載ることが多くなってきました。すると蒸発したはずの母親が有名になったアヌワットの前に現れました。アヌワットは快く母親を受け入れ、試合が終わってファイトマネーが入る度に仕送りを欠かしてはいないそうです。

 アヌワットは昨年の全ムエタイ選手の中でMVPに輝き、イスズ杯(トーナメントで勝つといすずの車が貰える)で優勝し、2,000,000バーツの賭け試合に勝ち、今はラジャダムナンスタジアムとルンピニースタジアムのフェザー級の統一チャンピオンになりました。過去に統一して同時にベルトを巻いた選手は皆無です。

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posted by 管理人 at 15:21 | 特別企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする