2005年05月31日

日本ミドル級王者 松本哉朗編

松本哉朗選手インタビュー

 お話を伺うために藤本ジムで待っていると、入り口からスーツ姿の男性が入ってきて、ロッカールームへと消えていった。松本哉朗選手(30)であった。しばらくしてTシャツに着替えた松本選手が現れた。昼間は綜合警備保障(株)に勤務しながら、夜は目黒の藤本ジムでトレーニング。いわば「二束のわらじ」である。いったいどうしたらそういう生活を維持できるのだろうか。今回はそんな松本選手の素顔に迫ってみた。

松本哉朗選手のプロフィールはこちら

■きっかけは運動不足解消

  実はお話を伺う前に松本選手個人の公式サイトを覗いたところ、非常に重要な情報を入手することができた。インタビュー開始直後、すぐその件について触れてみた。「(愛犬)はなちゃんのお誕生日、おめでとうございます!」すると「あ!ありがとうございます〜」と言いながら、やや緊張感のあった松本選手の表情が一気にほころんだ。実に温和で気さくな笑顔である。その笑顔からはとてもハードパンチャーのイメージが沸かない。

−キックボクシングを始めたきっかけを教えてください。

松本:運動不足の解消です。会社の先輩で、武田さんのいる治政館でキックをやってたひとがいたんです。その人に運動不足なんだけどって話をしたら、キックボクシングでもやればって話になってですね、それで、ま、キックボクシングだったら目黒に有名なジムがあるから行けって。自宅から一番近いところがこの目黒だったのと、目黒は名門だからってことで決めました。ボクシングか空手かいろいろ迷ったんですけど、ま、いいのかなとおもって。こだわりはなかったんですよ。

−特に格闘技が好きだったとかそういうわけではなく?

松本:普通に見る程度で、そんなにハマるとかそういう風はなかったですね。サッカーが好きだったんで、学生のころはサッカーをずっとやってました。それまでも会社でサッカーとかやってたんですけど、なかなか集まる機会もなくなってきてですね、それでまちょっと個人的に動こうかなと。

−意外な転身ですね。

松本:そうですね。ボール蹴るのから人蹴るのに変わったともいいますが(笑)

 運動不足を解消するために勧められたキックボクシング。はじめたのは22歳のときだという。やや遅めのスタートではあったが、3年後の1999年にプロデビューを果たし、2001年の5月には見事日本ミドル級の王座を獲得。27歳であった。

 試合のときは時々笑いも起こるという「帝国のマーチ」をバックに入場すると、リングに相当量の紙テープ飛んでくる。毎回友達や会社から100名ほどが駆けつけるというから驚きだ。

笑顔でインタビューに答える松本哉朗選手
応援の紙テープが飛ぶ
常に笑顔で答えてくれた松本選手。好きな飲み物はコーラ。「お酒よりコーラさえあれば!」とも。 常に駆けつけてくれる応援団に「とてもうれしいですね!」と語っていた。

■真っ赤なガウンは奥さま特製!

 とはいっても昼間は会社に勤めるサラリーマン。このスタイルはデビュー以来変わっていない。朝5時におきてランニング、その後会社で働き、夜はジムでトレーニング。帰宅はいつも午後10時を過ぎるというハードな生活だ。1年間に平均5試合をこなし、時にはタイ遠征も。このような生活は周囲の理解と協力がなければ成立しないのではないだろうか。

−仕事と王座を守り、両立させていく上での苦労ってありますか?

松本:これがひとりだったら、きっと仕事も辞めて、キック1本でやってたかもしれないんですね。チャンピオンになる前にもう結婚してましたし、結婚前でまだ付き合っている頃もキックやること自体も反対してましたし、プロになるってこともすごい反対して、まぁ仕事と両立するんだったらいいよみたいな話だったんですけど、まさかうちの嫁もここまで来るとは思ってなかったと思うんですけどね(苦笑) だから、両方とも守ってかなきゃいけないっていうのもあるんですけど。

−仕事をして、家庭も守って、タイトルも守ってというわけですよね。守るものいっぱいありますね。

松本:そーですねぇ(笑) 家庭を守るっていうより結構助けられてるんで。

−奥さまのほうが守ってると(笑)

松本:そうですね(笑)

−しんどいなと感じることはないんですか

松本:毎回ありますね! 朝走っているときは毎日思ってますね。何やってるのかな俺ーって。なんでこんなことやってるのかなーって。試合に勝った、試合が終わったあとに、そんなんもう全部わすれちゃうんですよね。

−それがすべてなんですね

松本:そうなんですよね。だから(キックを)やめられないんだと思うんですよね。

−ガウンが赤なんですけど、色は赤が好きなんですか

松本:はい。そうですね。赤は好きですね。あのガウンはうちの奥さんが作ってくれたんですよ。パンツは違いますけれども、ガウンは。

−そうなんですか! でも手縫いでとかいうわけじゃないですよね?

松本:手縫いです。結構高いじゃないですか。ガウンって。だからまだチャンピオンになったばっかりで、あれ作ってくれて。2着ありますけど、でも最近はもうあっち(赤)のほうしか着てないです。

 仕事と両立するどころか、タイトルまで獲得してしまった松本選手。家に帰るとやさしく頼れる奥さまと、愛犬はなちゃんが迎える。普段ほとんど家にいない分、休日はそのはなちゃんを連れて散歩に行くのが楽しみだそうだ。はなちゃんの話になると自然と笑みがこぼれてくる。そして家族とコーラとバイク(ハーレー)が好き。日本ミドル級王者の素顔は「笑顔のやさしいお兄さん」なのだ。

控え室を出る松本選手
いろんな思いがこめられたガウン
特製の真っ赤なガウンを着て、リングに向かう松本選手。 ガウン1つにもいろんな思いがこめられている。もし観戦するときはそんなところにも思いを馳せてみてほしい。

■タイでのタイトル獲得、そしてK-1再挑戦に闘志を燃やす

  日本ミドル級タイトル獲得後、K-1 MAXへの出場(2003、2004年)も果たした。ミドル級という階級は選手層が厚いことでも知られている。当然出場を願う選手も多い。その中での出場は快挙である。しかし残念ながらまだ勝利は手にしていない。今後のこと、そして未だ勝利のないK-1 MAXについて聞いてみた。

−戦ってみたい相手として、パッと思い浮かぶ人っていますか。ライバルとして意識している人はいますか。

松本:そう……特にないですね。強い選手であれば。ありきたりな答えになっちゃうんですけど、そう、強い選手と。もうそんなに選手生活も長くはないと思うんで。30ですから。まぁ、まだやめるつもりはないですけれども、弱い相手とやって寿命を延ばしていくよりも、やっぱ強い相手とどんどんやって行きたいですね。こないだ(MAGNUM 7)の試合のときは相手がすごい強い選手だったんですよ。

−フジ・チャルムサック選手ですね。

松本:はい。だからそれに集中して練習もできましたし。

−今目指しているのは、やはりタイのタイトルですか?

松本:そうですね。今の一番の目標はタイのタイトルを取ることと、あと、K-1への再挑戦ですね。負けてますんで。このままでいくと、やめるわけにはいかないんですよね。K-1の場合は、今キック界で活躍している選手が呼ばれて出るような、オールスター戦みたいな感じなんですけど、今僕K-1で2回負けちゃってますんで、だから何かまた目立ったことやらないとオファーかからないんですよ。K-1出たいってやつはもうごまんといますんで。はい。

−派手なKOを続けるとかそのくらいしないと目立たないと……

松本:そうですね。

 今後の目標となると、それまで見せていた笑顔から一変。次々と辛口な台詞が飛び出した。普段の松本選手の体重は80kgだが、試合前には73kgまで減量する。しかしK-1 MAXのリングに上がるときはさらに70kgにまで落とす。この3kgの差に泣かされてしまうのだという。しかし松本選手本人も語るように、このまま黙って引き下がっているわけがない。いや、引き下がってもらっては困る。

 温厚だが熱い。それが松本哉朗という選手だ。得意の右ストレートと肘うちでK-1 MAXのリング返り咲いて欲しい! 心からそう願うのであった。

キックも盛り上げたいと語る松本選手
フジ・チャルムサック戦での1シーン
「K-1の再挑戦を狙いたい。でもK-1だけじゃなく、キックも盛り上げてゆきたい」とも語った。 3月20日に行われたMAGNUM 7のフジ・チャルムサック選手(伊原道場)との一戦。

トレーニング前にインタビューに応じてくださった松本選手

トレーニング前にインタビューに応じてくださった松本選手

2005.5.31
聞き手:鈴木麻里子、高橋正信
テキスト:鈴木麻里子
写真:鈴木麻里子
posted by 管理人 at 19:54 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする